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2008年12月

2008年12月17日 (水)

ジャパンサービスという会社5

設立当時のジャパンサービスは、運行管理の仕事の他に清掃作業、屋根の雪下ろし、廃品回収など便利屋のような仕事をしていました。

稼ぐ為にはなんでもやる、会社だったのです。

どんな仕事も創業時は資金繰りに苦労しますので当然のことだったのかもしれません。しかし、その業務ひとつひとつが会社としてやっているというよりは、それぞれ個人で請け負っているような感じだったので担当している人以外、仕事の内容がわからないということが当たり前のようになっておりました。

まずは、情報を共有できる体制を作らなければならない。

仕事全体を見渡すためには、まずは自分で各現場で働くのが一番だと思い、清掃、雪下ろし、運転の業務をやらせていただきました。

どの仕事もこれまで経験のない仕事ばかりだったのですが、一生懸命やらせていただきました。自分で作業をしなければ見えてこない問題点も数多くあり、この時書き留めていったメモはその後も大変役に立つものになりました。

素人だからこそ目に見える仕事の無駄や無理は仕事に慣れてしまうと忘れてしまいがちです。一番学べる時期に、仕事にどう関わるかによってその後の仕事を楽にできるか難しくしてしまうかが決まってくるようにも思えます。

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2008年12月16日 (火)

米村 孝郎 ~ 幼稚園編

家の前にある木の塀をよじ登り、家と家の隙間の細い道を通って幼稚園にかよっていた。

小銭を持たされ途中の商店でメロンパンか渦巻きパンとコーヒー牛乳をお昼の弁当代わりに買っていくのが日課だった。

僕がかよっていたのは、あいか幼稚園。キリスト教の教会とつながった作りの幼稚園だ。(今は、無くなって駐車場になっているのがさみしい…)

幼稚園に行くとまず、みんなで教会へ行って立ち膝でお祈りをする。

教会にはキリスト様の像とその脇の高い所にろうそくがあって、園児が順番に長い棒のようなもので火をつけ、お祈りが終わると火を消した。

一度やってみたくて、ドキドキしていたが最初の順番がまわってきた時、僕はずる休みをしてしまい係りを体験できなかった。

学校の順番というのは、名前のあいうえお順に決まることが多くこの後も五十音の最後の方の自分の名前を何度か恨む事になる。

僕はすでにこの頃から人見知りで内気で妄想がちな(自分をあしたのジョーの主人公だと信じきっていた。)変わった子だった。

当然、集団行動は大嫌い。みんなが右に行くと左に行きたくなるし、仲良く大勢で遊んでいる場所に自ら加わることができずにいつも孤独な空間を作っていた。

参観日に母が来て、みんなでお絵かきをしたことがあったが時間内に僕は絵を完成することができなかった。白い画用紙に白で太陽を塗り続けていたためだ。

当然、先生にも何をやっているのか問いただされる。太陽は赤でしょ。

僕にはお日様が赤く見えなかった。太陽を見るとまぶしくて白い閃光でできていると頑固に思い込み最後まで赤いクレヨンに触れなかった。

母がどんな顔をしていたのか?記憶に無い…

また、別の参観日。父兄たちの前に園児が一列に並びお父さんの職業を発表するという意味不明な企画があった。正直このとき父の仕事をあまり理解しておらず、他の園児の真似をして発表するつもりだった。

ぼくのお父さんは、学校の先生です。

ぼくのお父さんは、役所に勤めています。

順番がドンドン迫ってくる…

うまく真似のできる園児がいないまま僕の順番になった。

えっと、僕のお父さんはきゃばれーの社長です。

ふう~っ、上手に言えた…

すると何やら園児父兄ともども、ざわめきが…

きゃばれーという言葉がいけなかったらしい。どのように言ったか記憶にないが先生が慌ててフォローしてくれた。

繁華街育ちのワル者がこの時デビューしたのであった。

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2008年12月15日 (月)

小児がんのこども。しゅんしゅんのお話し

心理カウンセラー衛藤信之先生の講演を聞いて胸を打たれました。

以下は、そのH/Pからの抜粋です。

しゅんしゅんのお話し。

昼間の小児病棟はとてもにぎやかです。とても小児がんで苦しんでいる子供たちの病棟とは思えないくらい。そして小児病棟には絶対守らなければならないルールがあります。

「親は絶対に病室で泣いてはいけない。」

子供が寝静まると、両親たちが顔を枕に押し付けて、声を押し殺して泣くのだそうです。

痛い思いをさせてごめんね。苦しいよね。あんな痛い注射を打つなんてつらいよね。

目の前で病魔に苦しむ幼いわが子の苦しみを、できれば親の自分たちが変わってあげたい。塗炭の苦しみこういうことをいうのでしょう。

「しゅんしゅん」というひとりの男の子がいました。しゅんしゅんは目の裏側、脳の前頭葉の部分にできるガンで、摘出がふかのうでした。放射線治療も間に合わず、とうとう目が変形してしまいました。

親は夕方になるとカーテンを閉めます。反射してしゅんしゅんの顔が写らないようにするためです。部屋の中のありとあらゆる鏡は撤去しています。せれでもある日看護婦さんが持っている手鏡を見つけたしゅんしゅんは、その手鏡で自分の変形した目を見てしまいます。看護婦さんもうっかりしていたのでしょう。でもしゅんしゅんはにっこり笑って看護婦さんにこう言ったそうです。ありがとう。でもこの鏡を見てしまったことはママには内緒にしてね。なんという、けなげな子でしょうか。自分の顔を見たショックよりも親の気持ちを思いやるのです。

ある日、いつもは聞き分けのいいしゅんしゅんが、お母さんに何度も何度もぐずったそうです。

ねぇ、ママ。僕の病気は治るの?僕は大人になってお巡りさんになりたいよ。なれるよね?

「僕、おとなになりたい!」

そう言って泣いた翌日、彼は天使になりました。しゅんしゅんは自分の最後を魂のどこかで感じ取っていたのかもしれません。両親の慟哭、嘆き悲しみようは尋常ではなかったそうです。人一倍やさしかったあの子がなぜこんなに苦しんで死ななければならなかったのかと。わが子に先立たれる親の悲しみほど辛いものはないでしょう。

しゅんしゅんは大人になるのが夢でした。

私たちは労せずして、しゅんしゅんのなりたかった大人になっています。でもせっかくの人生を大切に生きているでしょうか?人からしてもらうことを当然のようにして受け取り、不平や不満を口にしては、感謝の気持ちも表さないでいて、私は満たされない、つまらない、死にたい、という人がなんと多いことか。

今生きていること、おいしいご飯が食べられること、愛する家族といられること、仕事があること、友人がいること、健康で一日無事に過ごせること。

全てが奇跡のようにありがたいことなのです。

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2008年12月 2日 (火)

使命とは…

昨日、ミーティングで車両の清掃をいい加減にやるドライバーがいてどうしたら一生懸命仕事をさせられるか悩んでいる社員がいました。

ジャパンサービスという会社は、運転代行の会社ではありません。

ただ運転をして、車の清掃をするだけのことなら誰でもできます。

会社の存在意義は、道路上の安全を守るということです。

車は、それを扱う人間によって凶器にも便利な道具にもなります。

車両を清潔に使用することができない人間。

それは、車を愛していない人間。仕事を愛していない人間。誇りを持っていない人間。そのように私は解釈してしまいます。

働き甲斐をもって仕事をこなす人間に車を汚く扱う人間はいません。

営業の世界でも汚い営業車に乗るのが平気な人間は不思議と売上げを上げません。

車のきれいさは人格のバロメーターであると私は考えます。

ジャパンサービスは事故防止の原点は車両を清潔に使用することだと考えています。

たかが掃除と決して馬鹿にしないでください!

あなたが考え方を変えるだけで、道路はもっと安全な場所になります。

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